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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1633号 判決

原告

清水英夫

右法定代理人親権者父

清水由人

右法定代理人親権者母

清水吉子

原告

清水由人

清水吉子

右三名訴訟代理人弁護士

宮本康昭

上野登子

塩谷順子

椎名麻紗枝

鈴木真知子

被告

小平市

右代表者市長

大島宇一

右訴訟代理人弁護士

渡部吉隆

松井一彦

市野澤邦夫

中川徹也

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第一 当事者の求める裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、原告清水英夫に対し金一〇〇万円、原告清水由人及び原告清水吉子に対し各自金一〇七万一一〇〇円並びにこれらに対する昭和五八年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二 当事者の主張

一 請求原因

1 原告清水英夫(以下「原告英夫」という。)は、杉並税務署に勤務する原告清水由人(以下「原告由人」という。)と中野保健所に勤務する原告清水吉子(以下「原告吉子」という。)との間に昭和五三年六月四日出生した長男であり、右原告三名は、いずれもその当時から小平市に住居を有する同市民である。

2 原告由人は、昭和五三年六月二四日、小平市福祉事務所長(児童福祉法三二条二項、小平市福祉事務所長委任規程により市長の権限が委任されている。)に対し、第一希望を私立こぶし保育園、第二希望を市立上水南保育園(ただし、零歳児保育は行つていなかつた。)として、原告英夫の入所申請をしたが、入所措置されず、それに代わる適切な保護もされなかつた。

入所措置できない旨の通知は昭和五四年三月一日なされ、これに対し原告由人は同年五月一日東京都知事に審査請求をしたが、昭和五五年四月七日却下された。

3 原告由人及び同吉子は、昭和五三年八月一日から昭和五五年三月三一日まで原告英夫の保育をどんぐり保育園(無認可保育施設)に委託したが、同年四月一日、原告英夫は小平市立上水南保育園に入所措置された。

4 児童福祉法二四条は、市町村長に保護者の労働又は疾病等の事由により保育に欠けるところがあると認める乳幼児等を保育所に入所させて保育する義務を課しているところ、厚生省は、同条に基づく保育所への入所措置の円滑かつ適正な実施を図るため「児童福祉法による保育所への入所の措置基準について」と題する通達(昭和三六年二月二〇日児発第一二九号)を発し、別紙第一記載のとおりの入所措置基準を示し、これを受けて、東京都は同題の通知(昭和四七年四月一五日付四七民児保発第一四二号を発して別紙第二記載のとおりの入所措置基準を示し、被告は右通達及び右通知に準拠し、別紙第三記載のとおりの保育園入園措置基準表を設けている。

原告英夫の父である原告由人は前記のように勤務についており、母である原告吉子は昭和五三年八月一日から産休が明け、勤務につかなければならなかつたのであるから、原告英夫は同日より保育に欠ける状態にあつたものである。小平市福祉事務所長は原告英夫の姉清水陽子(以下「陽子」という。)に対し、昭和五三年四月一日、保育に欠けると認め、市立上水南保育園に入所措置している。

しかるに、小平市長又はその委任を受けた小平市福祉事務所長(以下「小平市長ら」という。)は、原告英夫が保育に欠ける状態にあるのに保育所入所措置をとらず、また、その他適切な保護に相当する何らの措置もとらなかつたものであつて、右不作為は違法であり、かつ、故意又は過失がある。

5 原告らは小平市長らの違法な不作為により次のような損害を被つた。

(一) 原告由人、同吉子の財産的損害

原告英夫のどんぐり保育園での保育に要した費用は、入園金一万五〇〇〇円、保育料金六八万円(昭和五三年八月から昭和五五年三月まで月額金三万四〇〇〇円)、臨時徴収金四万円(保母への一時金支払のため。夏期金一万円、冬期金一万五〇〇〇円の二期分)、退園金二万円の合計金七五万五〇〇〇円であるのに対して、認可保育所に入所した場合に要する費用は、昭和五三年八月から昭和五五年三月までの保育料合計金六一万二八〇〇円(昭和五三年度が保育料月額金二万七七〇〇円、昭和五四年度が同金三万二六〇〇円)であるから、その差額金一四万二二〇〇円が原告英夫が被告によつて入所措置されなかつたことによる財産的損害というべきところ、原告英夫の保育に要した費用は原告由人と原告吉子とが各二分の一宛分担したものであるから、右原告両名は各金七万一一〇〇円宛の損害を被つたことになる。

(二) 原告らの精神的損害

原告らは小平市長らの違法な不作為により保育における差別的な不利益を受け、著しい精神的苦痛を被つたが、これを慰謝するには原告らそれぞれにつき各金一〇〇万円が相当である。

よつて、被告に対し、国家賠償法に基づき、原告由人、原告吉子はそれぞれ金一〇七万一一〇〇円、原告英夫は金一〇〇万円及びこれらに対する履行期後である昭和五八年三月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同4のうち、児童福祉法二四条に関し、原告ら主張の通達、通知があり、被告がこれに準拠し保育園入園措置基準表を設けていること、小平市福祉事務所長が陽子に対し昭和五三年四月一日市立上水南保育園の入所措置をしていることは認めるが、その余は争う。

3 同5は争う。

三 原告らの法律上の主張

1 保育請求権について

「保育に欠ける」児童は、児童福祉法二四条に基づき、市町村長に対して、「保育所入所」又は「その他の適切な保護を受ける」ことを求める権利を有する。

被告は、同条の義務は、市町村長の政治的義務にすぎず、児童の側に具体的請求権を付与したものではない旨主張するが、以下に述べるように、到底正しい理解とはいえない。

(一) 児童福祉法二四条は、児童の権利として規定する体裁をとつてはいないけれども、「市町村長は……保育所に入所させて保育しなければならない。但し、……その他の適切な保護を加えなければならない。」と規定し、明文をもつて、市町村長に対して、いずれかの措置をとることを義務づけている。この義務に対応するものとして児童の側に権利が成立すると理解するのが、法の常識的な解釈である。

(二) 児童福祉法二四条は、憲法二五条・児童福祉法一条・二条の理念を実現するための、具体的な方策として規定されているものである。同条は、「労働又は疾病等の事由により……保育に欠ける」児童に対して、「保育所に入所させて保育」するか又は「その他の適切な保護を加え」ることを市町村長の義務として規定している。その要件も、方策の内容も具体的に規定されている。憲法二五条一項に照応するとされる児童福祉法一条二項が「ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない」と規定し、また憲法二五条二項に照応するとされる児童福祉法二条が「国及び地方公共団体は、……児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」と規定しているのと比較すると、その具体性は、明らかとなる。

ちなみに最高裁判所昭和四二年五月二四日大法廷判決・民集二一巻五号一〇四三頁は、国民が生活保護法の規定によつて生活保護を受ける権利について、憲法二五条一項が「……直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない」が憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によつて具体的権利が与えられているというべきであり、「単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく、法的権利であつて、保護受給権とも称すべきもの」と解している。この考え方は、そのまま、憲法二五条の趣旨を実現するために制定された児童福祉法二四条にもとづく児童の権利の場合にもあてはまるものである。

なお、被告は、右に引用した最高裁判所判決及び最高裁判所昭和五七年七月七日大法廷判決・民集三六巻七号一二三五頁の二つを引用して、児童福祉法二四条の市町村長の義務違反が直ちに違法の問題を生じないとし、市町村長の義務が政治的義務であることを正当づけようとしている。しかしながら、引用の判示部分は生活保護額の決定および児童扶養手当の併給調整立法の合憲性の判断の過程で示されたものであつて、これらの受給を受ける権利の権利性に関するものではないから、本件の事例に適した引用ではない。かえつて、前述したように、昭和四二年五月二四日判決は、生活保護を受給することは、法に基づく国民の具体的権利であることを宣言しているのである。

(三) 児童福祉法施行規則第一九条二項は、保護者等からの入所申請について規定しているが、この申請に対して、措置権者は、相当の期間内に応答すべき義務を負うものと理解されている(大阪地方裁判所昭和四七年三月二九日判決は、この応答の遅延に対して、不作為の違法を認めている。)。このことは、児童の側に保育所入所を請求する権利が有することを前提とするものと解されるのである。老人福祉法に基づく老人ホームヘの収容等の措置、身体障害者福祉法に基づく更生施設への収容等の措置に関し、老人や身体障害者の側からの申請に関する定めのないことと対比すると、児童福祉法における入所に関する規定の仕方は、一層具体的で明確であつて、法令の構成そのものが、保育請求権の存在を前提としていることができよう。

(四) 被告の見解は、従来の厚生省・東京都の見解にはなかつたものである。

「本条の措置も、……市町村長の義務であつて保育に欠ける児童をその所管区域内において発見したときは、申請がなくても、その児童につき保育所入所の措置をとらなければならない。保育に欠ける児童がいるのにこれを放置しておくことは、本条の義務違反であり、また児童福祉法第二条の……精神にも、もとることになる。……

本条の措置も普通申請にもとづいておこなわれることが多いが、申請があつたときは入所の要件に該当する以上、保育所入所の措置をとらなければいけない。ただし、附近に保育所がない等やむをえない事由があるときは、入所の措置をとらなくてもよいが、昼間里親の活用等その他の適切な保護をくわえなければならない。」(厚生省児童局長高田正巳著「児童福祉法の解説と運用」)

「本条の措置も……措置権者たる市町村長の義務である。市町村長は、保育に欠けると認めた児童にたいしては、かならず保育所への入所その他適切な措置をとらなければならないのであつて、保護者からの申請があるかどうかを問わない。」(厚生省児童家庭局長竹内嘉巳著「児童福祉法・母子保健法・母子福祉法の解説」)

「区市町村長は、保育に欠けると認めた児童に対しては必ず保育所への入所措置をとらねばならない。ただし、附近に保育所がない等やむを得ない事情があるときはこの限りでないが、その場合においても『その他の適切な保護を加えなければならない』」(東京都民生局児童部母子福祉課「保育事業のあらまし」)

これらの見解は児童福祉法二四条所定の義務が、明確に法に定めた義務であることを認めているものであつて、市町村長の行政裁量に任された政治的義務であるという主張の片りんも見受けられない。

(五) 厚生省は、通達により、入所措置基準を示しているが、このこと自体が「保育に欠ける」の認定や入所措置義務が自由裁量・政治的義務ではないことを示している。さらに右厚生省の通達を受けて東京都が右基準を細分化した都の入所措置基準を示したことは、単なる政治的義務ではないことを一層示しているといえる。

国が入所措置基準を定めた理由について、国は、「主観的裁量措置の排除」をその一つとして挙げている。まさに、自由裁量性、政治的義務性の概念の入る余地をなくそうとしたものであると考えられる。

(六) これまでに、裁判上で、児童福祉法二四条に基づく処分の適法性が争われた事例において、裁判所は、国あるいは東京都の入所措置基準を引用・解釈したうえで、その適法性を判断している。いずれも当該児童の保護者の労働実態等の保育環境について認定した後、同条の入所措置要件を欠くか否か、すなわち法に定められた要件を具備しているか否かを判断基準としており、市町村長の行政裁量に任されたものではないことを、当然の前提としている(福岡地方裁判所小倉支部昭和五五年七月八日判決・判時九九九号一五〇頁、福岡地方裁判所昭和五二年一二月二三日判決・判時八九八号四二頁、東京地方裁判所昭和五六年一月二〇日判決・判時九九九号四〇頁参照、ことに、福岡地方裁判所小倉支部判決は保育所に入所できない状態が継続したことをもつて、児童及び両親の損害ととらえて損害賠償請求を認めている。)。

(七) 児童福祉法二四条の解釈を論じる学説は、いずれも、市町村長の措置義務の反面として、「保育に欠ける」児童の保育所入所又はその他の適切な保護を受ける権利を認めている(田村和之意見書(甲第六一号証)、石川稔「保育所入所措置の適正化」ジュリスト七四四号、寺脇隆夫「保育を受ける権利と保育の措置」月刊福祉一九七八年八月号、日本弁護士連合会「保育施設をめぐる法的諸問題」参照)。

(八) もし万一、原告らの保育請求権が認められないとしても、これまでに述べてきた事実及び行政実務の実情並びに法理論の現状に照らして、原告らの保育を受けあるいは保育を受けさせるについての地位ないし期待が、法的な保護に値する法的な地位であることについては疑いのないところである。

被告は、少なくとも、原告らのこのような、法的保護に値する法的地位を侵害したものとして、不法行為法(国家賠償法)上の責任を負うべきことは動かしがたいところである。

2 「保育に欠ける」について

児童福祉法二四条所定の「保育に欠ける」に該当するかどうかは、その児童と児童をとり巻く状況によつて客観的に定まるもので、その意味で当該児童限りの、いわば絶対的な概念であつて、被告の主張するような、市町村長の合目的的な行政裁量、つまり自由裁量に属する相対的な概念ではないものである。

(一) 被告は「保育に欠ける」の概念が多義であることをいうが、「保育に欠ける」の解釈について家庭を中心にみる見解、より広く社会的にみる見解等が存することは、そのとおりである。より具体的には、家庭内において保護養育を受けられない状況にあること、保護者がその児童の面倒をみることができない状態にあること、こどもの心身の発達を阻害する状況にあること等の見解にわかれる。被告の指摘するような劣悪な生活環境におかれていることをもつて「保育に欠ける」状況とみる解釈も、現にある(前記福岡地裁小倉支部判決参照)。

しかし、いくつかの見解が存することと、「保育に欠ける」の認定・判断が市町村長の合目的的な行政裁量にするか否かとを結びつけることは誤りである。法律の文言について、いくつかの見解・解釈が対立することは、しばしばあることであるが、だからといつてその概念について相対的であるとか、自由裁量概念だなどと理解されてはいない。前記石川稔論文は、「保育に欠ける」は、法律上客観的な概念であり、保育に欠ける状況は本来客観的に存在し、その認定には自由裁量の余地はなく、いわゆる覊束裁量であると指摘している。また田村和之の論文(前記意見書添付)も同様の考えを示している。

(二) 前述のように「保育に欠ける」の解釈についていくつかの見解はあるが、保育所の数・定員・予算・優先順位等の要素を「保育に欠ける」要素としてみる被告のような見解は、これまでになかつたものである。その見解は、保育に欠けるか否かの判断のなかに、受け入れ態勢という全く別個の条件を持ち込み、結果的に入所措置の有無によつて保育に欠けるか否かを決定することになり、到底、正しい解釈とはいえない。被告は原告英夫に対する入所措置をしなかつたことを何とか正当化しようとして「保育に欠ける」の解釈をねじまげようとしている。しかし、「保育に欠ける」か否かの解釈と、入所措置をするかどうかの判断は、別個のものである。

(三) 前記の判例は、国及び東京都の入所措置基準を引用・解釈して保護者の労働状態を認定し、保育に欠けるか否かを判断しているのであり、裁判所も「保育に欠ける」とは入所措置基準に具体的に示されていること、その認定判断は司法判断の及ぶ概念であること、つまり司法統制の及ばない自由裁量ではないものと理解しているのである。

(四) 被告の主張する自由裁量論は、同一日時に同一家庭において養育されている姉弟について、一方は「保育に欠ける」児童であり、他方は「保育に欠けない」児童であるという結果を導いている。このような結果をもたらす解釈論は、到底、世人を納得させるものではなく、正しい解釈論とはいえないことが明らかであろう。

(五) また、児童福祉法二四条の適用について措置権者に裁量の余地があるとすれば、それは、同各本文の措置をとるか但書の措置をとるかについての覊束された裁量の問題があるだけであつて、「保育に欠ける」か「保育に欠けない」かに関する判定における裁量ではない。

3 違法の重大性について

小平市長らが、児童福祉法二四条本文に定める入所措置もしくは同条但書に定めるそれに代わる保護を行うべき実定法上の義務を懈怠したことによつて原告らの保育を受ける権利ないし法的地位を侵害したことは明白であるが、その侵害行為の態様は悪質であり、侵害された原告らの権利ないし利益は重大である。

(一) 義務懈怠の態様

(1) 小平市長らの措置義務等の懈怠は、長年にわたり意識的、構造的に行われた。

① すなわち、原告由人が同英夫につき保育所入所申請をし措置されなかつた昭和五三年八月当時はもちろんそれに先立つこと約一〇年前である昭和四四年ころから小平市民の零歳児保育に対する要求が大きく毎年零歳児の入所申請及び零歳児の定員増の要求が市当局に出されていた。これに対し、市長をはじめとする市当局は何ら誠意ある対応をせず零歳児の定員をわずか数名のまま放置していた。このことは、小平市における保育に欠ける児童数に対する措置児童数の割合が近隣類似市町村のうち、最も低いことにはつきりあらわれている。

小平市民の零歳児保育に対する需要が大きいこと、換言すれば、入所措置されない「保育に欠ける児童」の実態が深刻であつたことは、これら保育に欠ける児童の父母や保育関係者が市当局に対する要望によつては事態が進展しないので、自らの財力・労力の多大な出捐によつて、共同保育所を設置し、運営せざるを得なかつたことからも明らかである。

② 他方、小平市の財政は近隣類似市町村に比べても豊かであり、零歳児保育の定員を増やし、保育に欠ける児童らを入所措置することは十分に可能なことであつた。

③ しかし、小平市長らは原告由人を含む小平市民の再三の陳情に対しても誠意をもつて対応せず結局長年にわたつて、保育に欠ける児童を、入所申請があるにもかかわらず放置してきた。

(2) 被告は、保育に欠ける児童であつても、いかなる程度の者にいかなる保護を加えるかは、当該地方公共団体の財政事情や住民の負担の均衡等を考慮して決せられるべきで法はその決定を市町村長の合目的的な政治的裁量に委ねている旨主張する。

これは措置義務等を明定した児童福祉法二四条の存在を全く無視したもので誤りであることは前述のとおりであるが、小平市においては、現実にも被告の言う財政事情からしても、また、住民負担の均衡からしても原告英夫ら保育に欠ける児童を措置する保育体制をとつて原告英夫を措置することは可能であつた。原告らが措置を期待し信頼することが至極当然な事情にあつたのである。

また、厚生省が定める保育所入所措置事務提要の「措置基準の趣旨」は「①地域における要保育児童の適確な把握 ②保育所の適正規模・適正配置計画の策定 ③主観的裁量措置の排除 ④全国市町村間の行政水準の均衡化、(中略)等の諸問題を考えるとき、これらを制度的に解決するために昭和三六年度から入所措置基準を定めた」とある。右の基準の設定も厚生省において、各市町村長が、右①ないし④の諸問題を解決しつつ入所措置基準に合致する児童に対して入所措置をなすべきことを期待していることを表わしているものである。原告由人ら小平市民において右の期待を持つのは当然のことである。

(二) 原告らの利益の侵害の重大性について

(1) 保育に欠ける児童が入所措置等を受けないまゝ放置されることが、当該児童にとつて生命・身体に危険が及ぶ事態であることは、やむを得ず手近なベビーホテルに預けられた乳幼児の死亡事故からも明らかである。このような死亡事故にまで至らなくとも、十分な保育を受けられない場合は、心身の発育が不良となり、その児童の生涯にわたる生活の基盤ともなる発達が損なわれることになる。まさに児童の基本的人権が損なわれる重大事である。また、母親等の就労の機会が奪われ、児童の親である者の勤労の権利が害され、あるいは一家の生計が破綻することにもなる。

このように措置義務等の懈怠により損われる国民の権利、利益は生存権そのものである。

(2) 小平市長らの義務懈怠により具体的に原告らが侵害された利益は損害として主張したとおりであるが、利益侵害の重大性を判断するについては、さらに次の事実が留意されなければならない。

① 原告英夫の受けた公的扶助額の格差を反映した保育条件の物的・人的な格差が原告英夫の発達にとつて、どのような格差となつているかは、ことが子供の発達にかかわることであるので、現時点では容易に確定することができないが、発達の差が有形、無形に生じる蓋然性が大きいこと。

② 右の保育条件の格差を少しでも解消するべく原告由人・同吉子の出捐した財政的支出や肉体的、精神的負担は、入所措置された児童に関しては全く不要なものであり、一方入所措置されなかつた児童に関しては不可欠なものであり、この歴然たる格差は被告の行為によつて招来されたものであつたこと。

③ 右のような出捐は家族全員の生計費に深刻な影響を与え肉体的精神的負担は、ただでさえ少ない親子だんらんの時間を奪つたもので、原告らの必死の努力により家庭生活を維持し得たものの、一歩間違えば家庭生活を破綻させかねないほど過大な負担であつたこと。

④ たまたま共同保育所どんぐり保育園に入所できた原告らは、それでも右入所により、入所措置されなかつた損害を最少限に食いとめることができたのであるが、それは、原告由人らの努力によるものであり、被告の関与によるものではまつたくなかつたこと。

⑤ 同じく保育に欠けた状態にあるのに、措置された者と措置されなかつた者との間の格差、小平市民と近隣他市市民間の格差が、前述のとおり大きいことは、同じ納税者として不公平であり法の下の平等に反すること。

四 被告の法律上の主張

1 権利侵害ないし違法性がないこと

(一) 被侵害利益の欠如

(1) (原告由人及び同吉子について)

原告らは、まず、原告由人及び同吉子は、「保育に欠ける」児童である原告英夫の保護者として、同原告とは別に、憲法の保障する生存権、労働権等の権利と表裏一体をなす固有の「保育を受ける権利」ないしは「子どものための保育要求権」を有すると主張し、同原告らの本件被侵害利益として、右の権利を挙示している。

しかし、児童福祉法は、同法制定以前の児童福祉行政が戦災孤児、引揚孤児等概ね生活困窮の状態にある要保護児童を中心としてなされた慈善的・選別的なものであつたことを改め、次代の日本を担うものは児童であるとの認識に立つて、児童自身に対する福祉サービスを積極的に推進・助長することを根本目的として、広く児童一般を対象とする普遍的な福祉行政を目指して制定されたものである。それ故、同法は、その冒頭において、「すべて児童はひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。」(一条二項)と規定して、児童の権利を承認するとともに、その児童の権利保障に対する国及び地方公共団体の責任(二条参照)を明確にしているのである。かように、同法は児童の権利を承認し、これを尊重・保障することを目的とする法律であつて、決して、「保育に欠ける」児童の保護者の権利を保障する法律ではないのである。したがつて、仮に「保育に欠ける」児童に対する入所措置によりその保護者が就労の機会を得て収入を得ることができるとしても、それは、入所措置の単なる反射的効果にすぎないのであつて、保護者に原告ら主張のごとき固有の権利が与えられていることによるものではなく、保護者の生存権や労働権等の権利の保障は、本法の問題ではなく、生活保護法や労働関係法のようなその他の法律の管掌する問題である。

よつて、「保育に欠ける」児童の保護者としての「保育を受ける権利」ないし「子どものための保育要求権」なるものは認められず、他に特段の権利、利益の主張のない本件においては、原告由人及び同吉子の被侵害利益は、認められないといわざるを得ない。

(2) (原告英夫について)

また、原告英夫の「保育を受ける権利」なるものも、次に述べるように具体的請求権ではないのであるから、それが侵害されたとして損害賠償を求めることは、許されないものといわなければならない。

現行児童福祉法のもとにおいて、「保育に欠ける」児童が保育措置を受けるのは、かつてのような恩恵ないし社会政策の実施に係る単なる反射的利益にとどまるものではなく、法によつて与えられた権利であること、さきに述べたとおりである。しかも、同法二四条の規定だけからすると、「保育に欠ける」児童については、市町村長は、必ず、保育所に入所させて保育(入所措置)するか、それができない場合でも、「その他の適切な保護」(代替措置)を加えなければならない義務があり、それに対応して、「保育に欠ける」児童は、右いずれかの保育措置を直接市町村長に請求する具体的権利が与えられているようにみえる。

しかし、市町村長が「保育に欠ける」児童に対して入所措置をするにしても代替措置をするにしても、財政支出を伴うことはいうまでもないが、およそ財政支出を伴う行政は、予算の裏付けがあつてはじめて現実の活動として可能になるのである。ところで、行政に要する財源も、決して無限ではあり得ないところから、現行法制のもとにおいては、すべての財政支出は、議会の制定する予算の有無に拘束されることとなつている。したがつて、財政支出を伴う行政措置に関する法律の規定は、たとえそれが、一定の条件を備えたものは法律上当然に所定の保護を受け得るというような文言になつているとしても、一般私法上の法律関係に関する規定のように、一定の条件を備えたものに対して、直接具体的な保護請求権を与えるのではなく、かかる権利の実現については、「予算の許す限り」とか「予算の範囲内において」とかいう内在的制限が付せられているものといわなければならない。また、そのように解するのでなければ、具体的請求権を与えられたものは、予算の裏付けがない場合においても、裁判所に訴えてその権利の実現を期することができるので、市町村や国の事業計画は成り立たず、財政的破綻を招来することになる。

いま、本件についてこれをみるのに、財政的支出を伴う「保育を受ける権利」は、予算の範囲内においてではあるが、「保育に欠ける」旨の認定を経て法所定の保育措置を受け得ること、いいかえれば、右の認定を拒否された場合には当該拒否処分の取消しを求めてこの権利の実現を期し得るということを意味するにとどまり、このことを超えて、さらに、原告ら主張のごとく、予算の有無にかかわらず、直接市町村長に対して法所定の保育措置を請求することまでも可能にする趣旨ではないと解すべきである。したがつて、「保育を受ける権利」が侵害されたとしてその賠償を求める本訴請求は、失当たるを免れない。

原告らは、さらに、児童福祉法二四条但書が、昭和二四年法律第二一一号をもつて、従来「付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、この限りでない。」と規定していたのを、現在のように「付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護を加えなければならない。」と改正されたことにより、市町村長の措置義務が強化され、市町村長は、客観的に「保育に欠ける」事由が存在している以上、当該児童に対して、必ず、入所措置か代替措置かいずれかの措置を講じなければならないことになつたとして、「保育に欠ける」児童の「保育を受ける権利」が具体的請求権にまでに高められるに至つたように主張する。しかし、国会における政府委員の趣旨説明(乙第二号証の二)に徴しても明らかなように、同条但書の改正は、従来、付近に保育所がないような場合には市町村長が手を拱いていても法律上は一切違法の問題は起こらないというような誤解が生じていたので、かような誤解をなくするため、付近に保育所がない等やむを得ない事由がある場合でも、市町村長はできるだけ適切な保護を加えなければならないという法本来の趣旨を明確にしたまでであつて、市町村長の措置義務を強化したり、市町村長の措置決定が予算の有無に拘束される法の建前に変更を加えたものでもないこと、多言を要しないところである。したがつて、原告らの右主張もまた、採用に由ないものといわざるを得ないのである。

(二) 「保育に欠ける」認定の法的性質

(1) (「保育に欠ける」ことの意義)

原告らは、また、児童福祉法二四条の「保育に欠ける」という用語が絶対的概念であつて、「保護者の労働又は疾病等」の事由により客観的・一義的に確定し得るものであると主張し、そのことを前提として、前叙のごとく、市町村長は、「保育に欠ける」児童に対して入所措置か代替措置かのいずれかをとるべき法律上の義務を負担し、「保育に欠ける」児童らは、それを請求し得る具体的請求権を有していると主張する。

しかし、もともと、「保育に欠ける」とは、通常の家庭ならば期待し得るような、乳幼児の心身の健全な発達に欠くことのできない保育を受け得ない状態を意味するものである。したがつて、それは、本来、母親の自信喪失、敬遠等による保育放棄のごとき場合も含むものであるが、同条が「保育に欠ける」要因の例示として、「保護者の労働又は疾病等」と規定しているので、本条にいう「保育に欠ける」とは、右のごとき個別的・主観的な事由に基づく場合は含まれず、家庭的ないし社会的事由に基づく狭義のものを意味するこというまでもない。

かように、「保育に欠ける」という言葉には、広・狭の二義があるばかりでなく、同条の例示する「保護者の労働」にしても、いわゆる母子家庭における母親の居宅外就労のごとき典型的な場合はともかく、最近のような就労婦人の急激な増加のなかで、保育について母親の果たすべき役割ということを考慮するとき、「保護者の労働」即「保育に欠ける」と短絡的に思考することは許されず、「保護者の労働」にもかかわらず、なお、就労の種類、態様、就労時間の形態等によつては、「保育に欠ける」ものと認められない場合のあり得ること、疑いを容れないところである。そればかりでなく、ひとしく保護者の居宅外就労の場合においても、労働という要因だけではなく、家族構成、所帯員の保育能力の有無等によつて「保育に欠ける」かどうかが決定されることがあり得るし、内職や自営業のような居宅内就労の場合においても、児童が傍らにいることによつて足手まといになつたり、仕事の能率が落ちたりすることはあるとしても、保護者による保護が零になるわけではない。また、「保護者の疾病」にしても、労働の場合と同様、単に保護者疾病の一事によつて「保育に欠ける」ものと認められるわけではなく、病気の種類、態様、家族の経済的事情や所帯員の保育能力の有無等をも考慮して弾力的に判断されるべきである。

さらに、「保護者の労働又は疾病」の外に、事故多発地帯、適当な遊び場のないこと、風紀上好ましからざる営業の多いこと等生活環境の劣悪ということも、二次的ないし三次的にではあるが、「保育に欠ける」要因となり得るのであり、このような場合においては、いかなる程度のものをもつて「保育に欠ける」と認めるかの判断が、一層困難とならざるを得ない。

以上によつて明らかなごとく、「保育に欠ける」ということは、事柄の性質上、客観的・一義的に確定し得べき絶対的概念ではなく、主観的・相対的な概念であつて、それぞれの家庭や地域社会の実情等に即し、柔軟性をもつて弾力的に判断さるべきものであり、その有無は、究極的には、程度の差に帰着するといつても過言ではないのである。

(2) (予算上の制約)

しかも、市町村長が措置義務を履行するに当たつては、前述のごとく、入所措置であると代替措置であるとを問わず、予算の制約を受けざるを得ず、減速経済のなかでの高齢化社会への移行という課題をかかえた厳しい財政事情のもとにあつて、増大する福祉需要を限られた財源のなかでいかに実現して行くかが、福祉行政に課せられた重大な任務となつているのである。

(3) (認定の裁量性)

以上のようなことから、客観的には後記措置基準に達する児童であつても、具体的に、いかなる程度の者に対し、また、いかなる限度の措置を加えるかは、予算の有無や住民の負担の均衡等をも考慮して決せられるべきものであつて、法は、その決定を市町村長の合目的的な政治的裁量に任しているのである。このことは、厚生省の「児童福祉法による保育所への入所の措置基準について」と題する通達(昭和三六年二月二〇日児発第一二九号)が、「措置基準の各号のいずれかに該当すれば入所の措置をとることができるのであるが、定員等の事情により、その全部の児童の入所措置が困難な場合においては、その保育を要する程度の高いものから低いものにつき順次入所の措置をとること」と規定し、また、東京都の同題の通知(昭和四七年四月一五日付四七民児発第一四二号)が、所定の措置指数は措置の準則にすぎず、「父その他の同居の親族の状況・地域の特殊性及び児童をとりまく環境等特殊事情を考慮して適宜調整指数を設けて適正を図つて差支えない。」と規定していることに徴しても、明らかである。

したがつて、この「保育に欠ける」についての認定の誤りは、単なる不当の問題を生ずるにとどまり、直ちに違法の問題を生ずることなく、ただ、現実を無視して保育の必要度の高い児童を未措置のままに放置する等、法の趣旨に違背して、裁量権の限界を逸脱し又は裁量権の濫用にわたると認められない限り、司法統制の及び得ないところであるというべきである。

(4) (本件不措置処分の理由)

ところで、小平市福祉事務所長が原告英夫に対して入所措置をとらなかつたのは、次のような理由によるものである。すなわち、

小平市福祉事務所長は、「保育に欠ける」かどうかの判断をするに当たり、前記厚生省の通達及び東京都の通知に準拠して、さらにこれらの基準を細分化した「保育園入園措置基準表」なるものを設け、その基準表に従い、個別調査をしたうえで、措置の必要度の高い児童から順次選択して「保育に欠ける」旨の認定(措置決定)を行つている。

ところで、原告由人は、同英夫につき第一希望を私立こぶし保育園、第二希望を市立上水南保育園として入園の申請をしてきたが、第一希望の私立こぶし保育園では、零歳児につき、これを四月二日から九月三〇日までの間(以下「前期」という。)に生まれた者と、一〇月一日以降(以下「後期」という。)に生まれた者とに区分して定員(入園可能数)を設け、前期・後期の乳児をいずれも四月一日から保育することとしているが、前期乳児の定員は三名、後期乳児の定員は六名であつたところ、原告英夫は、生年月日が昭和五三年六月四日であつて前期乳児に該当するが、その定員三名に対し三〇名の入園申請があり、前記措置基準表による原告英夫の措置指数は、措置決定された他の三名の者と同様に一〇であつたとはいえ、措置指数同位の場合における優先順位決定準則によると、内一名は、優先される身体障害者に該当し、他の二名は、所得階層区分による経済的状況においていずれも原告英夫に優先していた。また、第二希望の市立上水南保育園では、零歳児の保育を行つていなかつた(なお、このことについては、訪問調査の時に原告らに詳しく説明している。)。

以上のように、保育施設への入所申請児童の数が定員を上回つている状況のもとで行われた原告英夫に対する本件不措置処分は、公正かつ合理的なものであるから、小平市福祉事務所長が原告英夫を「保育に欠ける」と認めず、入所措置も代替措置もとらなかつたことをもつて、裁量権の逸脱ないしは裁量権の濫用等と論難することは、当たらないものというべきである。

よつて、本件不措置処分に原告ら主張のごとき何らかの瑕疵があつたと仮定しても、それは、単なる不当の問題を生ずるにとどまり、司法審査の及び得る違法の問題を生ずることは、あり得ないのである。

2 故意及び過失がないこと

本件不措置処分のごとき市の優越的意思の発動作用に属さない非権力的公行政作用が、国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使に当たる行為」に該当するかどうかについては、争いの存するところである。いま、仮にこの点を積極に解し、また、本件不措置処分に原告ら主張のごとき何らかの違法があるとしても、次に述べる理由により、小平市福祉事務所長の当該判断に故意又は過失があつたものとは、到底、いえないのである。

原告らの主張する本件不措置処分の違 法が、法令の解釈適用の誤りにあるのか、要件事実認定の誤りにあるのか、必ずしも定かでないが、いずれにしても、それは、法律上の価値判断の過誤を主張することに帰する。ところで、公権力の行使に当たる公務員に要求される注意義務は、それぞれの職務に応じて認められる一般市民のそれよりも高度のものであることはいうまでもない。しかし、客観的事実認識についての過誤の場合と異なり、法律上の価値判断についての過誤の場合にあつては、その過誤であることが明白であるとき、換言すれば、通常の公務員であれば当時の状況下においてかかる判断をしなかつたであろうと考えられるときは格別、公務員がその識見・信念に基づいて行つたものである以上、たとえ、その判断の結果が後に公的機関により否定されたりして客観的に誤りであることが判明したとしても、当該公務員に故意はもとより過失もなかつたものというべきこと、すでに確立された判例である(最高裁判所昭和二八年一一月一〇日第二小法廷判決・民集七巻一一号一一七七頁、同昭和三七年七月三日第三小法廷判決・民集一六巻七号一四〇八頁、同昭和四四年二月一八日第三小法廷判決・判時五五二号四七頁参照)。しかるに、本件訴訟に現われた全証拠をもつてしても、本件不措置処分には右にいう明白な過誤のあつたことを窺うに足る特段の事情が認められないのであるから、小平市福祉事務所長が本件不措置処分をしたことに故意はもとより過失もなかつたものといわざるを得ない。

第二 東京都の入所措置基準

番号

母の状況(同居の親族その他の者が児童の保育に当れない場合)

措置指数

類型

細目

1

居宅外

労働

外勤

常勤

日中7時間以上の就労を常態

10

日中4時間以上7時間未満の就労を常態

9

非常勤

週3日以上就労し、かつ日中7時間以上の就労を常態

8

週3日以上就労し、かつ日中4時間~7時間の就労を常態

7

その他

上記に掲げるもののほか、勤務の態様から明らかに保育に欠けると認められる場合

6

求職

求職のため、日中外出を常態

7

2

居宅内

労働

自営

中心者

危険なものを扱う業種であり、日中7時間以上の就労を常態

10

上記以外で、日中7時間以上の就労を常態

9

協力者

危険なものを扱う業種であり、日中4時間以上7時間未満の就労を常態

8

上記以外で、日中4時間以上7時間未満の就労を常態

7

内職

日中7時間以上の就労を常態(月間の平均時間とする)

8

日中4時間以上7時間未満の就労を常態(月間の平均時間とする)

7

3

不存在

死亡、鑑別、行方不明、拘禁

10

4

出産

疾病

身体障害者

出産

9

疾病

入院

10

居宅内

常時病臥

10

精神性、感染性

10

一般療養

8

身体障害者

1級・2級

10

3級

8

4級

6

5

看護

介護

病院等付添

10

自宅療養

6

6

災害

火災等による家屋の損傷、その他災害復旧のため保育に当れない場合

10

7

特例

都知事協議

当分の間都知事協議の必要ないもの

自営中心者であり、かつその業務のための使用人がいる場合。

危険なものを扱う業種であり日中7時間以上の就労を常態

9

上記以外で日中7時間以上の就労を常態

3

自営協力者であり、かつその業務のための使用人がいる場合。

危険なものを扱う業種であり4時間以上7時間未満の就労を常態

7

上記以外で日中4時間以上7時間未満の就労を常態

6

不就労であるが就学技能習得等のため現に保育に当れない場合

8

都知事協議

前各号に掲げるもののほか、明らかに保育に欠けると認められた場合

第三 証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3の事実、児童福祉法二四条に関し、厚生省児童局長による「児童福祉法による保育所への入所の措置基準について」と題する通達(昭和三六年二月二〇日児発第一二九号)があり、これを受けて、東京都民生局長による同題の通知(昭和四七年四月一五日付四七民児保発第一四二号)があり、被告福祉事務所がこれに準拠し「保育園入園措置基準表」を設けていること、小平市福祉事務所長が陽子に対し、昭和五三年四月一日、市立上水南保育園に入所措置をしていることはいずれも当事者間に争いがない。

二右当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告由人は、昭和五三年六月二四日、小平市福祉事務所長に対し、原告英夫につき第一希望を私立こぶし保育園、第二希望を市立上水南保育園として、入園の申請をした。第一希望の私立こぶし保育園では、零歳児につき、これを四月二日から九月三〇日までの間(前期)に生まれた者と一〇月一日以降(後期)に生まれた者とに区分して定員(入園可能数)を設け、前期、後期の乳児をいずれも四月一日から保育することとしていた。前期乳児の定員は三名、後期乳児の定員は六名であつた。原告英夫は、生年月日が昭和五三年六月四日であるから前期乳児に該当するところ、前期乳児の定員三名に対し三〇名の入園申請があり、「保育園入園措置基準表」による原告英夫の措置指数は、措置決定された他の三名の者と同様に一〇であつたが、措置指数同位の場合における優先順位決定準則によれば、内一名は優先される身体障害者に該当し、他の二名は所得階層区分による経済的状況においていずれも原告英夫に優先していた。第二希望の市立上水南保育園は零歳児の保育を行つていなかつた。そこで、昭和五四年三月一日、小平市福祉事務所長は、原告由人に対し、さきに申請のあつた保育園入園につき、昭和五四年四月一日付の入園対象者として選考したが、希望の保育園は欠員に比較して希望者が多く、原告英夫は入園できない旨の通知をした。これに対し原告由人が東京都知事に対し審査請求したところ、昭和五五年四月七日、小平市福祉事務所長が原告英夫を同年同月一日から市立上水南保育園に入所措置しているから、処分取消を求める法律上の利益が失われたとして審査請求却下の裁決がなされた。

2  原告吉子は、昭和五三年七月三一日産後休暇が終了し、同年八月一日から中野保健所への勤務を再開した。その勤務時間は午前八時三〇分から午後五時一五分(ただし、育児期間中は午前九時から午後四時一五分)であつた。原告由人は、当時杉並税務署に勤務しており、その勤務時間は午前九時一五分から午後五時であつた。原告英夫が生まれた昭和五三年当時原告由人方には母(大正三年生)が同居していたが、昭和五九年に死亡した。

3  原告由人、同吉子間の長女陽子(昭和五二年四月一三日生)は、昭和五二年どんぐり保育園に入園し、昭和五三年四月市立上水南保育園に入園し、昭和五九年三月卒園した。原告英夫は、昭和五三年八月一日から昭和五五年三月三一日までどんぐり保育園で保育を受け、昭和五五年四月一日から市立上水南保育園に入園した。二女文美(昭和五四年九月一日生)は、昭和五四年一〇月どんぐり保育園に入園し、昭和五六年四月市立上水南保育園に入園した。三女逸枝(昭和五七年二月三日生)は、昭和五七年四月こぶし保育園に入園した。

4  原告英夫が昭和五三年八月一日から昭和五五年三月三一日まで保育を受けたどんぐり保育園は、無認可保育施設であるところ、被告は、昭和五五年度において、無認可保育施設に次のとおり補助金を交付している。

(一)  保育室運営補助金として、三歳未満児一人当たり月額金三万四〇〇〇円(東京都からの補助金一万七〇〇〇円

第三 小平市の保育園入園措置基準表

番号

母の状況(同居の親族その他の者が児童の保育に当れない場合)

措置指数

調整指数要因

細目 ①~までを細小項目とする

母子

生保

親子

別居

1

居宅外労働

外勤

常勤(おおむね21日以上就労)

①日中7時間以上の就労を常態

10

1

1

1

②日中4時間以上7時間未満の就労を常態

9

1

1

1

非常勤

③週3日以上就労し、かつ日中7時間以上の就労を常態

8

1

1

1

④週3日以上就労し、かつ日中4時間~7時間の就労を常態

7

1

1

1

その他

⑤上記に掲げられるもののほか、勤務の常態から明らかに保育に欠けると認められる場合

6

1

1

1

求職

⑥求職のため、日中外出を常態

7

1

1

1

2

居宅内労働

自営

中心者(注2)

⑦(注1)危険なものを扱う業種であり、日中7時間以上就労を常態

10

1

1

1

⑧上記以外で、日中7時間以上就労を常態

3~9

1

1

1

協力者

⑨危険なものを扱う業種であり、日中4時間以上7時間未満の就労を常態

9

1

1

1

⑩上記以外で、日中4時間以上7時間未満の就労を常態

7~8

1

1

1

内職

⑪日中7時間以上の就労を常態(月間の平均時間とする)

8

1

1

1

⑫日中4時間以上7時間未満の就労を常態(月間の平均時間とする)

7

1

1

1

3

不存在

⑬死亡・離別・行方不明・拘禁

10

1

1

1

4

出産

疾病身体障害者

⑭出産

8

1

1

1

疾病

⑮入 院

10

1

1

1

居宅内

⑯常時病臥

10

1

1

1

⑰精神性・感染性

10

1

1

1

⑱一般療養

7~9

1

1

1

身体障害者(注3)

⑲1級・2級(3級障害のうち、視力、聴力、体幹機能障害者を含む)

10

1

1

1

⑳3級(⑲の3級障害者を除く)

8

1

1

1

4級

6

1

1

1

5

看護

介護

病院等付添(障害者等の通学通所付添は、8を基準とする)

10

1

1

1

自宅療養(重度障害児者の介護―在宅―は8を基準とする)

6

1

1

1

6

災   害

火災等による家屋の損傷、その他災害復旧のため保育に当れない場合

10

1

1

1

7

特例

都知事協議

当分の間都知事協議の必要のないもの

自営中心者でありかつその業務のための使用人がいる場合

危険なものを扱う業種であり、日中7時間以上の就労を常態

9

1

1

1

上記以外で日中7時間以上の就労を常態

7~8

1

1

1

自営協力者でありかつその業務のための使用人がいる場合

危険なものを扱う業種であり、日中4時間以上7時間未満の就労を常態

8

1

1

1

上記以外で日中4時間以上7時間未満の就労を常態

6~7

1

1

1

不就労であるが、就学技能習得等のため現に保育に当れない場合

7

1

1

1

都知事協議

前各号に掲げるもののほか、明らかに保育に欠けると認められる場合

調整指数

類型

父・その他同居の親族の状況

調整指数

求職

求職のため、日中外出の状態にある場合

-1

自営

父を除くその他の同居の親族が協力者となっている場合

-1

内職

日中7時間以上の就労を常態

-1

日中4時間以上7時間未満の就労を常態

-2

疾病

一般療養

-1

身体障害者

4級で無職

-1

看護(介護)

自宅で病人の看護等に従事

-1

注1 「危険なものを扱う業種」とは、児童が日常生活をする場所で建設資材、プレス機に類する工作機器などが常時必要な業種、及び、火ないし油を常時使用する業種であって、児童がその場所以外に居ることができない場合を含む。

注2 自営中心者とは、課税状況、子どもの状態等が外勤(常勤)と同様の状態と認められる場合に限る。

注3 身障者で稼働している場合、障碍程度と稼働状況の比較で、指数を原則として10相当とみなすことができる。

を含む。)

(二)  施設運営費補助金として、一施設当たり月額金六万五〇〇〇円

(三)  職員期末手当助成金として、職員一人当たり年額金七万五〇〇〇円(このほか、東京都から直接期末援助費として職員一人当たり年額金七万五〇〇〇円が交付されている。)

三以上認定の事実に基づき、小平市長らの不措置処分が違法であるか否かにつき検討する。被告は、児童福祉法二四条にいう「保育に欠ける」との認定判断は市町村長の自由裁量ないし合目的的な政治的裁量に任されていると主張するが、「保育に欠ける」状況は本来客観的に存在し、その認定は覊束裁量処分であるといわなければならない。「保育に欠ける」との認定と入所措置をするかどうかの判断とは別個のものであつて、被告の主張はこれを混同するものといわざるをえない。

前記認定の事実によれば、原告英夫は、同居の親族その他の者が保育にあたれない場合であつて、母の状況が「居宅外労働」のうち「日中七時間以上の就労を常態とする常勤」に該当するから、「保育に欠ける」児童であるといわなければならない。このことは、小平市福祉事務所長が原告由人、同吉子間の長女である陽子を昭和五三年四月一日市立上水南保育園へ入所措置していることに照らしても明らかである。

ところで、原告英夫が「保育に欠ける」児童であるとしても、私立こぶし保育園の定員は三名であり、原告英夫に優先する「保育に欠ける」児童が存したこと、市立上水南保育園が零歳児の保育をしていないことは前記認定のとおりであるから、小平市福祉事務所長が不措置処分したのは相当であつて、それを違法と評価することはできない。原告らは、被告における零歳児保育施設の過少ないし定員数の放置を主張するが、小平市長がその整備拡充を図るべき政治的責任があるのは当然としても、これを目して法律上違法であると評価するほど明白かつ著しい懈怠があると解することはできない。

児童福祉法二四条によれば、「保育に欠ける」児童について、入所措置をするか代替措置をしなければならないが、原告由人、同吉子において原告英夫を昭和五三年八月一日から昭和五五年三月三一日までどんぐり保育園に委託しているところ、被告は右どんぐり保育園に補助金を交付していることは前記認定のとおりであるから、小平市長らが右以外に代替措置をとらなかつたとしても、それが原告英夫の生命身体に対する侵害等著しい不利益を与えるような特段の事情の認められない本件においては違法はないものといわざるをえない。

四以上によれば、原告らの請求は、その余について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村重慶一 裁判官信濃孝一 裁判官髙野輝久)

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